「ほっ」と。キャンペーン

降る雨や1973年は遠くなりにけり


by shige_8mile
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

<   2011年 03月 ( 10 )   > この月の画像一覧

口紅で飾るなよ

君は素顔の方がいい
悲しみに沈むなよ
君は笑顔の方がいい
・・・・・・

「いつも心に太陽を」 郷ひろみ


http://www.youtube.com/watch?v=wdWNF5-Uo0U

70年代に淳子さんとペアを組んで一番絵になったのは彼だ

何度もこの歌を称賛したけどYou tubeに登場した
あまりヒットしなかったので一部のファンしか知らないが名曲だ
ひろみにしては珍しい阿久悠さんの作詞

カラオケにはあるが、この歌を歌う人はなかなかの歌謡曲通である(私ですが)
[PR]
by shige_8mile | 2011-03-30 01:53 | 歌謡曲

エンジェルハット

桜田淳子さんのデビューのトレードマーク

私は彼女のファンのひとりだったが
私は本音いうと気に入らなかった
スター誕生予選・本選のときのエンゼルハットはすごく新鮮で良かった
しかし デビュー時のエンゼルハットは・・あまりに商業的で彼女の良さが逆に隠れたように思えた
また予選・本選ではGパンだったが、意外と自然な脚のキレイさがあった

2曲目・・またもやエンゼルハットにハイソックス
・・・・いったい事務所やスタッフは何を考えてるんだ(アホか)

3曲目・・これだ! これを待っていた
エンゼルハットとハイソックスをやめて彼女の良さがやっとでた!

とまあ 淳子さんはスタッフが能なしというのがよくわかった
淳子さん本人の魅力に依存してるだけ

その証拠に 「黄色いリボン」でポップスに転向してたのに
ガッカリしたのが 「花占い」「天使のくちびる」の2曲・・・何考えてんの?
「天使・・」は「ミスティ」と並ぶスタッフの能無しが露呈されたものと思う
これで山口百恵さんとスタッフに大きな差があることが分かった

一方でスタッフが良かったと思ったのは
2年目で作曲を中村さんから森田公一に変えたこと
しかし その後は森田さんばかり・・筒美京平に頭下げても もっと作ってもらってたら良かった
森田さんは悪くなかったが、筒美さんとは格が違った
筒美さんが70年代アイドルに提供した曲は駄作が殆どなく素晴らしいの一言だった

サンミュージックに関しては74年~75年頃は仕事させすぎた
記憶してるのは365日でTV出ない日が殆どなかった
(というか同じ時間帯にダブるで出てたこともあった 働かせすぎだ)
当時はメールなかったので3回ほど事務所に投書したよ

なんか思うままに書いちゃったけど 当たってると思う
[PR]
by shige_8mile | 2011-03-25 05:34 | 淳子さん

わたしの青い鳥

ふと聞いてしまった
何度となく書いたけど
やはりこの歌のイントロを聞くと脳裏にさまざまなものが去来する
この歌は大きなヒットはしなかったが、桜田淳子さんの一番の代表曲だ
今でも多数の日本人はこの歌を知っている
(「はじめての出来事」や「夏にご用心」は知らなくても)



淳子さんの九回裏の逆転三塁打は「花物語」だが、その前に得点圏にランナー送ったヒットは「わたしの青い鳥」である
この2つがなければ淳子さんはとっくに普通の女の子になっていたはずだ

まさに 彼女の運命を決めるきっかけになった名曲
待ち続け、あきらめかけたファンが一気に盛り上るきっかけにもなった名曲だ
[PR]
by shige_8mile | 2011-03-22 01:09 | 淳子さん

ガマン強い東日本

今回の災害での東北の方々の辛抱強さには称賛の声が相次いでいるが、東京の方々の秩序を守る姿勢もスゴイ
駅であれだけ整然と長蛇の列をなせるのは関西出身の私からみたら驚嘆である

偏見で申し訳ないが、これが大阪なら文句はいうが、列にはならず、扇形になるだろう、とにかく大阪人はちゃんと並ばない

シンボリックな例は
2車線の高速を走っていて「5km先で事故発生、右車線に寄ってください」と指示があると、大阪では絶対に右に寄らない・・・・左車線が空くから事故地点まで左を走って最後に右車線に割り込むのである
だから関西では絶対に道を譲らない

先月に「東京マラソン」に参加したときも文句ひとつ言わず整然と係員の指示に従い、遠まわりでもエリア別に行動して並ぶ3万人以上のランナーに感銘した・・・これが大阪ならそうはいかない 少しでも前に出ようと割り込みまくりである 中にはゼッケンを手でかくして先頭グループに行くものも出るだろう
今年大阪マラソンがあるが、そうならないことを期待する
[PR]
by shige_8mile | 2011-03-18 01:29

ものがない

世界の大都市、東京のコンビニやスーパーに牛乳、水、バナナなどの飲食物が全くない
いつも行ってるベローチェにコーヒーはあるが、パンは皆無だ

昨日はスーパーいくと買い物かご一杯にミカンを買い占める人がいた
困ったもんだ・・・

宮城県の山崎パン工場は稼働不能らしい・・・しかし 多くの工場は稼働できる

飲食物の工場が地震にやられたのではない!
原因は一つ
物資を運ぶ物流がマヒしてるのだ


トラックがガソリン不足、幹線道路が不通、電気不足、配送センタの自動倉庫が地震で作動しない・・・・

地上30m級の自動倉庫はエレベータと同じく震度4~5でストップする
また荷物が落下してレールが傷むと全く取り出せない
それを補修するダイフクや村田機械、IHIといった業者の工数が全く不足してる
従って飲食物はたくさんあるのに倉庫から出せない また現地に運べないのだ

今まで在庫は悪といって無在庫を誇っていた流通がアダになってる
[PR]
by shige_8mile | 2011-03-16 22:17

電車がないと困る

金曜は千葉の野田に出張していた
野田って何で有名か?

地元の人はご存知ですが、「キッコーマン」の工場・研究所があります
・・・ありますというか「野田市」駅はキッコーマンのためにあるといってもいいくらい、駅の周辺はすべてキッコーマンである

金曜は地震で東武野田線が止まったのでホント困った
東京ならちょっと歩けば店やホテル、飲み屋はたくさんあるが、ここは・・・驚くなかれ殆どない!
タクシーは列をなすも・・来ない・・・1時間たっても来ないのだ
しかたなしに地元の人に聞いて30分ほど歩いて 小さな旅館と飲み屋にありついた、これで安心、この組み合わせは私のパターンである

飲み屋といってもキッコーマンの関係者や工事業者しか来ないのでガラガラ
食べ放題で歌3曲とビール1本で3000円 まあこんなもんでしょう
とくかく飲まないと寝られる旅館じゃない(笑)

翌日になっても昼まで東武は再開出来ず、他の私鉄は再開してるのに・・・

東武野田線「野田市駅」
金曜日はタクシーに長蛇の列だったが、朝は静かだ
f0013870_184865.jpg

ここにはキッコーマン創業者一族も住んでるらしい
f0013870_186893.jpg

[PR]
by shige_8mile | 2011-03-13 18:07
桜の花は咲いたろう
教えた子供は数えきれない
・・・・・
「学校の先生」 坂上二郎




坂上二郎さんは以前から長くはないだろうと思っていたが、本日訃報があった
マスコミから遠ざかっておられたが、亡くなられると寂しいものだ
60年代後半から70年代前半の「コント55号」は東京のお笑いを代表するもので 私が思うに低俗?な番組といわれたが案外品があった

「裏番組をぶっ飛ばせ」

ゲスト女性タレントと野球拳をして負けたら着ているものを脱いで会場で即売するというもの
女優の松原智恵子さんがはいてるストッキングをブースに入って脱いでもらってそれを場内で即売するのは子供ながら驚き興奮した(笑)

74年 淳子さんの「黄色いリボン」がベスト10に入るもなかなかベスト5に入れずに次第に後退していくなか、坂上さんのこの曲はずっとベスト10に入ってた記憶がある
60年代の日活を彷彿させる歌詞で彼のいい味がふんだんに取り込まれてる
歌に関しては欽ちゃんは足元にも及ばない
欽ちゃんも長くないかもしれないけど・・・(失礼ながら事実です)頑張って長生きしてほしい

合掌
[PR]
by shige_8mile | 2011-03-10 23:29 | 歌謡曲
腕に抱えた貴様とオレだ♪
バネもきいてら
血もわくさ~ ♪
エイコラゴーゴーやっつけろ!
・・・・・
「貴様と俺」 布施 明




石原都知事の進退が話題になってる
60年代半ばに その石原慎太郎が書いた
「青春とは何だ」
NTVがそれを夏木陽介でTVドラマ化し、その主題歌を若き布施明が歌ってる
学園TVドラマの原点と思う
そのあとは・・金八先生に至るまで20年間ぞくぞく生まれた

まだ小さかった小生がこのTVを観て感激してしまった
高校生ってこんなに素晴らしいのかと・・・
しかし中学、高校になってみると現実は全く違ってた
当たり前~ だが、自分が主役になって努力をすることの大事さに気付かなかった
[PR]
by shige_8mile | 2011-03-04 23:55 | 歌謡曲

天王寺

大阪の天王寺に久しぶりに来て驚いた
近鉄の阿倍野駅前が再開発されている(まだ工事中)
どんな街に変わるんだろう

昔は結構、汚い(失礼)が歴史ある店があって 洋食屋などはよく行ったんだが・・

天王寺交差点の歩道橋から、手前が阪堺電車
f0013870_323086.jpg

[PR]
by shige_8mile | 2011-03-03 03:05 | 旅日記

70年代男性アイドル

女性アイドルは話しても楽しいが、男性アイドルはあまり面白くない
しかし私の記憶する70年代の真実はこうだ(若干独断ですが)

60年代後半から横綱だった沢田研二のタイガース解散、続々とGS部屋が閉鎖されていった
そして花形力士たちは土俵から引退していった
60年代後半に初土俵ふみながらも上位陣が強いため前頭筆頭だったジャニーズ部屋のフォーリーブスはいよいよ自分たちの時代がくると確信していた・・・

しかし70年代に入ると
71年「おれは男だ」で邦画ジム所属だった森田健作がリングから歌謡界の土俵に初登場、いきなり11勝上げて関脇昇進
新興のサンミュージック部屋はこれで勢いつき、野村正樹を十両から幕内力士へ育てた
しかし70年~71年に次々と大型新人力士が登場する
にしきのあきらが初土俵で9勝あげて小結、本郷直樹がこちらも10勝で小結
翌年には二人とも関脇に昇進して 森田・にしきの・本郷の3関脇時代になる

一方、TVジム所属の仲雅美、沖雅也らが角界を脅かす存在に成長
特に仲雅美はチャーリー石黒トレーナのもとで力をつけて初土俵で10勝、3場所連続勝ち越しするが、本人は角界を希望しておらず土俵を去る、沖はリングを望み、土俵に上がらずじまい

この間、森田・にしきのは大関昇進、かつてはにしきののライバルとして売り出した野村正樹はサンミュージック部屋の稽古の拙さもあって連続負け越しで3役から遠くなり、その後も上がることはなかった
ジャニーズ部屋の大黒柱だったフォーリーブスも前頭筆頭のまま

そこで72年、ジャニーズ部屋は秘密兵器の郷ひろみを土俵にあげた
いきなり12勝で先輩フォーリーブスを抜いて関脇昇進
郷ひろみと同年代の野口五郎が押し相撲から技巧派に転向、10勝で小結昇進
翌年、やはり同年代の広島の龍ちゃん西城秀樹がダイナミックなスピード相撲で9勝あげ小結昇進
その影響でかつて大関だった森田・にしきのは優勝圏外になる
二桁勝利のなかった西城が73年「情熱の嵐」で13勝、3人とも大関となる
以降3人は連続二桁勝利を続けて74年横綱昇進、いわゆる新御三家の時代となる

郷ひろみはジャニー喜多川親方と不仲でバーニング部屋に逃亡、以降70年代はジャニーズ部屋暗黒の時代となる
豊川誕、ジャニーズジュニア、メッツ・・前頭までいくが勝ち越せなかった
ジャニーズ部屋以外の伊丹幸男、あいざき進也、城みちるらも連続二桁勝利まではいかなかった
新御三家の勢いは80年の田原俊彦の登場まで続いた

勿論、新御三家の連続優勝に待ったをかけた力士もいた
73~74年のフィンガー5である
その勢いで連続二桁勝利、新御三家とともに大関昇進、横綱に近い存在だったが、渡米してから力士としての力は劣えてしまった
70年代後半のツイストの世良公則も御三家にくさびを打った
御三家にない技で土俵をわかせ、3人の全勝優勝をすべて阻んだ

70年代前半の横綱は沢田、半ばから後半は郷・野口・西城でしょう
世良は正大関で横綱にならなかったが、金星や殊勲賞の数はダントツであった

ああなんかやはり 女性アイドルの方が話しが楽しいなあ
でもこれが真実です(少し独断こみですが)
[PR]
by shige_8mile | 2011-03-01 00:36 | 歌謡曲