親にもらった体ひとつで 戦い続けた気持ちよさ
右だろうと 左だろうと わが人生に 悔いはない~ ♪
「我が人生に悔いなし」 石原裕次郎
カラオケスナックで絶対にスベらない選曲とは・・・・
高齢の男性客がいれば 「石原裕次郎」、女性客がいれば 「美空ひばり」
わたしは今までこの2人でスベったことがない(笑)
先日、10年前に仕事でお世話になった恩人の訃報が届いた
やっと60歳の定年を迎え、これから第2の人生というときに・・・・
50歳半ばで年上の女性と結婚された
生涯、酒と仕事を愛した方だった(女性には関心がなかったようだ)
10年前、その方と府中市のスナックでよく飲んだときに歌われたのがこの歌だ
作曲はなんと加藤登紀子さん、石原裕次郎がなくなった昭和63年に出た曲だ
昭和31年にデビューし、昭和の終わりに去っていったまさに裕次郎の集大成の歌だ
長かろうと 短かろうと わが人生に 悔いはない~ ♪
何も言わず去っていくぞ
教えてよ まぼろしドラゴンキック!
・・・・・・
「ぼくらのパパは空手の先生」 フィンガー5
1975年 いよいよ 晃の声が出なくなり、実クンの登場となる
阿久悠さんの歌詞はどれをみても素晴らしいと思ってるが、フィンガー5の中にどうも合点のいかない歌が数曲ある
例をあげると これと「恋の大予言」だ
どうみても ブルースリー、空手バカ一代とノストラダムスのブームにあやかったとしか思えない安易さだ
同じことが晩年のPレディの「透明人間」などにもいえる・・・阿久悠さんは遊んでるのである
しかし 「ドラゴンキック」とは・・・・・歌謡曲の歌詞でなくアニメの歌詞である

恋していると 云いたいために
身体はもう震えているよ~ ♪
吹き抜けてゆく熱い風に
決めるタッチダウン ♪
「恋のアメリカンフットボール」 フィンガー5

1974年夏、桜田淳子さんが「黄色いリボン」を歌ってた頃、フィンガー5はヒット爆進中だった
作詞は全て阿久悠さん、作曲は都倉俊一と井上忠夫が担当していたが、
わたしはこの阿久、都倉コンビによる歌が大好きだった
映画「アメリカングラフィティ」を見ているような歌詞だ
和製ジャクソン5といわれたフィンガー5だったが、翌年、ヴォーカル晃の変声、渡米してから失速した
沖縄出身のシンガーとしては仲宗根美樹以来じゃなかったかな
当時のアメフトの甲子園ボウルは関学が日大を破って黄金時代を築いた
わたしは勿論 関学を応援していた
昼休みに学生運動のシンボルだった「安田講堂」へ

私の知ってる東大生は「百恵ちゃんとお友達になる会」だったが、昭和40年代は違ったんでしょうね、 この安田講堂前の地下に「中央食堂」がある
「赤門ラーメン」を食べようと思ったが、「大辛」の警告オンステージに・・やめた

あちらこちらに「七帝戦」の幟が・・・
これは旧七帝国大学の定期戦で開催は持ち回りだ
今年は東大の番なのだろう

北大、東北大、東大、名大、京大、阪大、九大
体育会の全種目で争われるが、種目で強弱はあるものの、京大、東大の強さがとにかく目立つ
これは東京、京都という日本で一番大学の多い都府でレベルの高い私学と闘ってることがあげられる
そういや今日は東京都議選か・・・マスコミによる影響を受けすぎだが・・・
誰よりも自民党の悪さを引継いでる小沢〇郎の民主党は支持しない
かといって麻生、鳩山の自民党は・・日本が迷走するし・・やはり内閣総辞職だ
最近TVで雄弁?する政治家で中味のないのは亀井、鳩山(弟)、麻生の3人だ
麻生さん以外は東大ですか・・また愚痴こぼし・・年です年・・